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近年、大学が保護者向けの就職活動セミナーを開催したり、企業が保護者向けのオリエンテーションを実施したりするなど、保護者が子どもの就職活動に関わる機会が増えています。しかし、子どもをサポートしたいと思っても、「何をどうすればよいのかわからない」と感じている保護者の方も多いのではないでしょうか。そこで、『「親活」の非ススメ』(徳間書店)の著者であり、キャリア教育の専門家である児美川 孝一郎教授に、これから就職活動を始める、または現在就職活動中の子どもがいる保護者に向けて、心構えや考え方についてお話を伺いました。
Profile

児美川 孝一郎 教授
法政大学 キャリアデザイン学部教授
1963年生まれ。東京大学教育学部を卒業後、同大学院教育学研究科博士課程に進学。1996年から法政大学に勤務し、2007年にキャリアデザイン学部教授に就任。専門はキャリア教育や青年期教育など。日本教育学会理事や日本キャリアデザイン学会副会長としても活躍中。著書に『「親活」の非ススメ』(徳間書店)、『若者はなぜ「就職」できなくなったのか』(日本図書センター)などがある。
就職活動のサポートでは、親心が“あだ”になるケースも

―企業が保護者に内定同意の確認を取る「オヤカク」や、保護者に向けてオリエンテーションを実施する「オヤオリ」について、どのようにお考えですか?
まったく好ましいこととは思えません。日本が若者を自立させようとしない社会や国であることを、象徴していると言えるでしょう。2012年頃、保護者が我が子の就職活動を支援する『オヤカツ』が話題になりました。
今ではさらに進化し、企業が保護者を巻き込む時代になっています。18歳になると子どもは親離れをして自立していくのが当たり前だと思われている欧米と違い、成人年齢を超えても保護者が子どもの人生に介入しているのが日本の現状。家庭も、社会も、若者が自立するチャンスを奪ってしまっているのではないでしょうか。
―では、なぜ保護者が子どもの就職活動に関わるようになってしまったのでしょう?
確定的な根拠があるわけではありませんが、就職氷河期やリーマン・ショックの影響が大きいと考えられます。それまでは、大学を卒業すれば、ほとんどの学生は希望通りの会社でなくても、就職はできていました。
しかし、就職氷河期やリーマン・ショックを経て、そうはいかない時代になったのです。子どもの将来を心配するあまり「やれることはやってあげよう」と保護者が積極的に就職活動に関わるようになったのでしょう。
―先生は、著書『「親活」の非ススメ』の中で、親心が“あだ”になるケースがあると述べています。その真意について、教えていただけますか?
まず大前提として、保護者に助けてもらわないと就職活動ができないような学生を、企業は採用したいと思うでしょうか。「自立心がない」「甘えている」と見なされ、保護者の介入はメリットどころかデメリットになってしまう可能性があります。また、本人が意識していなくても、親はつい子どもに自分の価値観を押しつけてしまったり、何気ない一言でプレッシャーを与えてしまったりしがちです。
―確かに、保護者なら心配するあまり、「この会社はどう?」と勧めたり、「まだ内定は取れないの?」と聞いてしまったりしそうですよね。
これらは就職活動中の学生に対して絶対に言ってはいけないセリフです。今でも忘れられないのは、私のゼミ生が内定をもらって就職活動を終えたとき、保護者に向かって「どうですか、お気に召しましたか?」と言ったこと。保護者の方はきっと、背筋が寒くなったのではないでしょうか。
―つい言ってしまいがちな「やりたいことを見つけなさい」といったアドバイスも、よくないのでしょうか?
はい。やりたいことがあるなら、保護者に言われるまでもなく目指しているはずです。それがわからないから、多くの学生は迷ったり、悩んだりするわけで…。ただ、私は無理にやりたいことを見つける必要はないと考えています。理系の専門職は別として、日本の新卒採用はまだまだ総合職採用が主流。入社後にどんな仕事をするのかわからないのに、やりたいことにこだわってどうするのでしょう。
保護者の価値観を押しつけず、セーフティネットになる

―就職活動に臨む子どもと接するうえで、保護者が気をつけるべきことは何でしょうか?
まず、自分たちの時代の価値観を押しつけないこと。保護者世代が就職活動を行っていた数十年前と今とでは、社会が大きく変化しています。もはや「大手企業だから安心」という時代でもないことは周知の事実。また、価値観も多様化しているので、保護者が考える幸せと子どもが考える幸せが同じであるとはかぎりません。
―保護者世代が学生だった頃と今を比べると、一番違うのは何でしょう?
社会環境や就職活動のスタイルも大きく変わりましたが、最大の違いは今の学生が「社会の底が抜けてしまった」ことを知っているという点ではないでしょうか。
リーマン・ショック後の日本が当たり前という環境で育ってきた彼らは、「人は時にどん底まで落ちることがある」という現実を肌で感じています。その恐怖心があるため、不安のあまり簡単に煽られたり、影響を受けやすかったりするのです。だからこそ、保護者としては子どもと同じように浮き足立つのではなく、冷静に異なる視点を示してあげることが大切だと思います。
―具体的には、どういうことですか?
例えば、大学のキャリアセンターや企業の就職説明会で子どもが得た情報を鵜呑みにするのではなく「そういう見方もあるね。でも、こういった視点はないかなあ」といった形でアドバイスできれば、子どもの視野を広げる助けになるでしょう。
―そのほか、子どもと関わる際のアドバイスがあれば教えてください。
子どものセーフティネットになることが大事です。就職活動を続けていく中で、焦りや落ち込みが原因で自分を見失いそうになることもあるでしょう。そんなとき、無理にアドバイスをする必要はありません。ただ、「大丈夫だよ」と寄り添いながら見守ってあげてください。「頼れる人が身近にいる」という安心感は、子どもにとって大きな支えになるはずです。
「ティーチング」ではなく「コーチング」を意識する

―就職活動前に、子どもがキャリアを考えるヒントを与える方法はありますか?
まずは、自分自身の生き方や働く姿を、子どもにきちんと見せることが大切です。今の仕事に就いた理由や仕事のやりがい、大変さを伝えるのもいい方法。キャリア教育として、大きな効果が期待できると思います。
また、世の中の物事に一緒に関心を持つことも有効です。街を歩いていたり、テレビを観ていたりする中で、「どうしてこんなことができているんだろう?」「こんな仕事も世の中には役立っているんだね」などと親子で話し合えば、子どもの“興味のアンテナ”を広げることができるでしょう。そのほか、子どもの「壁打ち」の相手になるというのも有効です。
―「壁打ち」とは、どんなことをするのでしょう?
子どもが自分の考えや悩みを話す際に、直接的な評価や指示をせずに、ただ話を聞いたり応答を返したりして、考えを深めさせること。日頃からそのようにしてしっかりコミュニケーションを取っておけば、就職活動がスタートしてからも、スムーズに相談に乗ることができると思います。
―就職活動時に子どもから相談されたときは、どのように対処すればいいですか?
まず、わかったふりをしないこと。わからないことがあれば、素直に「わからない」と伝え、一緒に調べたり、考えたり、悩んだりすればいいのです。また、否定や値踏み、評価をしないことも重要。子どもの意思を尊重し、受けとめる姿勢で向き合ってください。
そして、最終的には子ども自身に物事を決めさせることが大事です。知識や情報を教える「ティーチング」ではなく、自分で答えを見つけられるよう手助けする「コーチング」を意識するといいでしょう。
保護者が生き生きと働く姿を見せることが、最高のキャリア教育

―子どもが理想のキャリアを歩んでいくうえで、保護者としてできることはありますか?
働くうえで、子どもが一番大切にしたい価値観や自分の軸を見つける手助けをしてあげましょう。それが明確に定まっていれば、将来転職することになった際にもブレることはありませんし、決断に迷ったときの指針にもなるはずです。
積極的に子どもの「壁打ち」の相手となり、仕事をするうえで譲れない価値観や軸を見つけるサポートをしてあげてください。
―その際、どういった点に気をつけたほうがいいですか?
必ずしも、「仕事=自己実現」である必要はありません。もしも子どもが「仕事は稼ぐための手段だ」と考えているのであれば、その考え方を受け入れてあげましょう。豊かな人生を送るうえで大切なのは、ワークキャリアよりもライフキャリア。
「どんな仕事をしたいのか」ではなく、「どんな人生を送りたいのか」を優先的に考えさせるといいでしょう。
―最後に、これから就職活動を始める、もしくは就職活動中の子どもがいる保護者の方々にメッセージをいただけますか?
我が子はれっきとした他人なので、保護者の思い通りにならなくて当たり前です。子どもを一人の他者として尊重し、「コーチング」を通して寄り添ってあげてください。また、“保護者としてのキャリア”を歩むのは簡単ではありません。子どもの就職活動への関わり方で、失敗してしまうこともあるでしょう。そんなときは、立ち止まってやり直せばいいのです。
そして、保護者が生き生きと働き生活している姿は、子どもにとって最高のキャリア教育になるはずです。だからこそ、保護者自身が働きがいや生きがいを持って、前向きな姿勢でいることが大切だと言えるでしょう。
Editor’s Comment

「マイナビ保護者サポート」開設にあたり、法政大学の児美川先生にインタビューさせていただきました。保護者の何気ない一言が、就職活動中のお子さまにプレッシャーを与えてしまうことがある…というお話に、ドキッとされた方もいるかもしれません。一方で、お子さまの成長を見守ってきた保護者だからこそできるサポートもあるはずです。
保護者のスタンスとして、社会に出るお子さま自身の意思を尊重すること、自立を見守る姿勢をもつこと、の重要性を再認識した取材でした。
(マイナビ副編集長:谷口)